左から歯科衛生士の宇井みゆきさん、院長の木村雅之先生、歯科衛生士の木村恵美さん
勤務医時代、治療を繰り返す診療スタイルに疑問を持っていた木村雅之先生。そこで、「歯を守るための歯科医院」として開業したのが菰野きむら歯科です。木村先生とお二人の歯科衛生士さんに、予防への思いと、患者さんを行動へ導くための『デントカルト』と『カリオグラム』の使い方についてお話を聞きました。
木村先生:菰野という地域は、DMFTを見るといまだに「う蝕の洪水」のピークにあります。予防を掲げている歯科医院はありますが、実際に行なわれているのは定期的なお掃除です。僕も勤務医だったときは、「何のためにこの患者さんを3ヶ月に1回呼んでいるんだろう。この人自身を変えなければ、またむし歯をつくって帰ってくるだけなんじゃないか」と思っていました。
そこで3年半ほど前に開業したとき、自分自身がこの問題を解決しよう、健康を目指し維持する患者さんを応援する予防中心の歯科医院にしよう、と決めたんです。
予防をやっていくうえで、まず導入したのがデントカルトです。むし歯になるリスクが予測できなければ患者さんは動けませんし、私たちもサポートができません。
宇井さん:診療の流れとしては、初診時に問診、2回目にだ液検査の実施、3回目にだ液検査の結果報告と予防計画です。私が気をつけているのは、医院側からの一方的な説明や指示にならないようにすること。患者さん自身が変わらなければ、予防はできませんからね。初診のときから「ご自分でケアできるようになってもらうことが目的です」と、はっきり伝えるようにしています。
予防計画は、検査結果と食生活や家族構成、職業、睡眠時間やストレスなど、その患者さんを取り巻く環境を共有したうえで一緒に立てていきます。
「この間食って、やっぱりまずいですよね」「ならばどうしますか?」「私の一番のリスクは菌なんですね。これを減らすにはどうしたら……」「これらの方法がありますが、○○さんが今の生活の中でできそうなことはありますか?」のようなやり取りをしながら、何に取り組むかを患者さん本人に決めてもらいます。
木村先生:予防で根本的に大切なのは、そこなんです。私たちが何かをしてあげるというよりも、本人に気づいてもらい、行動してもらわなければなりません。
以前、6歳の患者さんが来院しました。永久歯が1本生えているくらいで、乳歯はほとんどむし歯。お母さんは「歯医者さんに何年も通ったのに治らなかった」と言っていました。
デントカルトで問題を洗い出すと、やはりSMもLBもわんさかいる状態でした。検査結果をもとに改善方法を一緒に考えたところ、歯磨きとフッ化物洗口を徹底するようになり、食生活も立て直してくれたんです。結果、年たって大人の歯が7~8本生えてきていますが、永久歯はカリエスフリーとなっています。これは、お母さんが「歯医者さんへ連れて行けばなんとかなる」ではなく、「自分たちで何かをできるんだ」と気づいてくれたのが大きいんです。
木村さん:治療経験がたくさんある、おばあちゃんの患者さんがいます。だ液検査を始める前に、〝自分にむし歯菌が多いかどうか〞を予想してもらいました。答えは「絶対多いと思う」。その理由は、「昔から治療を繰り返していた」「ブラッシングがうまくできない」でした。これは憶測ですし、何の根拠もないですよね。
「予想が正しいかどうか、調べてみませんか?」と声をかけると、「本当の原因がわかるなら」「もっと早くから、こういうのをやりたかった」って。
検査してみたら、ミュータンス菌が0~1レベル。ラクトバチラスは多かったです。PCRは30%。初回からこの数値の人はなかなかいません。普段からきちんとブラッシングしている証拠です。本当のリスクは、甘いものを食べてきた食生活やフッ化物を使っていないことでした。
この結果に対して、おばあちゃんはとても驚いていましたね。そして、妊娠時期から甘いものをたくさん食べるようになったことや治療した補綴がリスク部位になっていることなど、過去を一緒に振り返りました。そうすることで、〝今からできることをしたい〞という気持ちになってくれたんです。
そして、カリオグラムを一緒に見ながら「この方法を取り入れると、リスクはこう変わる」と、グラフを目の前で実際に動かしました。「歯医者で塗ってもらうもの」と思っていたフッ化物も、パーセンテージがかなり変わるのを見てすぐに取り入れてくれたんです。カリオグラムは患者さんの心をつかみますね。デントカルトの結果をわかりやすく整理してくれるツールでもあると思います。
おばあちゃんの、とても印象に残っている言葉があります。
「自分のリスクを予測できるから、何に気をつければいいのかがわかるんだね。私はこのことを発信するわ。子どもや孫に同じ思いをさせたくないから」
自分に合った予防法があるということを知ると、大切な人に伝えたくなるんですよね。早く、誰もがこのことを知って取り組むようになってほしい。そして、今ここに通っている子どもたちが大人になったとき、「昔、むし歯になる時代があったんだよ」と言ってもらえたらうれしいです。
※記事中の年齢や臨床歴等は取材当時のものです。